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ラストシーンが知りたい

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生きているのは、おとなだけですか「誰も知らない」 結末

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解説

 

主演の柳楽優弥が史上最年少の14歳という若さで、2004年度カンヌ国際映画祭主演男優賞に輝いた話題作。『ディスタンス』の是枝裕和監督が実際に起きた、母親が父親の違う子供4人を置き去りにするという衝撃的な事件を元に構想から15年、満を持して映像となった。女優初挑戦の、YOU扮する奔放な母親と子役達の自然な演技も秀逸。母の失踪後一人で弟妹達の面倒をみる長男の姿は、家族や社会のあり方を問いかける。

 

あらすじ

とある2DKのアパートに引っ越してきた母けい子と4人の子供たち。

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しかし追い出されるのを恐れるけい子は、自分と12歳の長男・明だけの2人暮らしと大家に嘘をついていた。けい子は子供たちにも近所にバレないようにと言い聞かせる。兄妹たちは父親がみな別々で、学校に通ったこともない。けい子がデパートで働き、明が母親代わりとなって家事をし、兄妹の面倒を見ていた。それでも家族5人、それなりに幸せな日々を送っていた。そんなある日、新しい男ができたけい子は、わずかな現金を残して突然家を出ていってしまうのだった…。

 

結末

それから1カ月、4人での生活を続けていた子供たちの前に、ふいにけい子が戻って来る。

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「どこへ行っていたのか」と尋ねる明に、「仕事で大阪へ行っていた」と嘯くけい子。そして再び、彼女は「クリスマスに戻る」と言って部屋を出て行った。しかしそれ以後、約束のクリスマスやお正月が過ぎても、けい子は帰って来なかった。母親に捨てられた。そう気づいた明は、妹たちにそれを悟られないよう生活を続けていこうとするが、やがて金も底を尽き、電気や水道も止められてしまっては、やりきれなさから妹弟たちに辛くあたることもあった。そんな中、ゆきが椅子から転落して死んだ。公園で知り合った不登校の少女・紗希

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の力を借りて、ゆきといつか飛行機を見に行こうと約束していた羽田へ向かった明は、そこに彼女の遺体を埋葬すると、アパートへと戻り、遺された妹弟たちとの生活を再開する。

 

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巣鴨・置き去り事件

【事件概要】

 1988年7月18日、東京・豊島区西巣鴨のマンションで、母親が出ていき、子ども3人だけで生活していたことがわかる。まもなく愛人宅にいた母親A子(当時40歳)が逮捕される。子ども達はそれぞれ父親が違い、また次男はすでに死亡していたが、届け出ず隠していたことが判明。
 さらに母親不在時の4月に、長男(当時14歳)とその友人(当時12歳)が三女(2歳)をせっかんして殺害していたことがわかった。


母親・A子
長男
中1の友人2人



【母は子どもを置いて】

 1988年7月18日、東京・豊島区西巣鴨にあるマンションの大家から、「居住者の母親が子供3人を置きっぱなしにして帰宅しない」という通報があった。巣鴨署員と福祉事務所の相談員が部屋を訪れると、小さな子ども3人がおり、大家の言うように母親の姿はなかった。部屋の中は衣類などが散乱しており、カーテンも閉めきられた状態で、残飯が腐るなど異臭がたちこめていた。
 子どもは14歳の長男を筆頭に、長女(当時5歳)、次女(当時3歳)の3人。妹たちは栄養状態が悪く、特に次女はガリガリですぐに入院することになった。

 長男によると、3人はそれぞれ父親が違い、このマンションで子どもだけで生活していて、学校にも行ったことがないという。母親は前年10月に家を出ていったあと、たまに様子を見に帰って来たりしていた。1月からは母親は姿を見せないようになり、時折2~3万の生活費を送るだけで、長男は階下のスーパーでパンやおにぎりを買い、妹たちに与えていたという。ガスや電話はすでに止められており、家賃も2月からは不払いが続いていた。周囲の住人たちはこのことにまったく気がついていなかったという。

 22日、子どもの話から、3人の他にもう1人子どもがいることがわかったため、家宅捜索をしたところ、押入れの中から乳児の白骨死体が見つかった。


 23日、報道を知って、千葉県内の愛人宅で暮らしていた母親A子(当時40歳)が出頭、保護者遺棄の容疑で逮捕される。
 A子は前年9月までは大塚のマンションにいたが、10月に巣鴨に引越してきた。その際、大家には「デパートに勤めている」と話していた。巣鴨のマンションに引っ越した直後、愛人ができ、子どもが邪魔になって置き去りにしたという。

 A子は5人の子どもを産んでいた。長男以外は自宅出産し、5人とも出生届を出していなかった。持っていた手帳によると、5人の産まれた年は次の通り。

長男 1973年10月
長女 1982年11月
次男 1983年11月
次女 1984年9月
三女 1985年9月

 母親は子どもが小学校に入学するのを楽しみにしていたが、当然就学通知は来なかった。しかし、それでも行政に相談するようなことはしなかった。
 教材を買い与えて勉強をさせるというようなこともしていたようだが、当時14歳の長男は名字は漢字で書けても、下の名前はひらがなでしか書けなかった。

 1985年2月、次男がほ乳瓶をくわえたまま死んでいた。A子は処置に困り、届け出ないでそのままポリ袋に隠しておき、引越しの時もスーツケースで持ち運んでいた。押入れを仏壇がわりにして供え物などもしていたという。警察が発見した白骨死体は次男のものだった。しかし、2歳の三女の姿はどこにもなかった。母親もその行方については知らなかった。


【子ども達だけの世界】

 やがて親が不在の子ども3人だけが暮らす一室で、長男とその友人の中学1年の男子生徒2人(ともに当時12歳)が三女をせっかんして殺害していたことがわかる。暴行は4~5時間続いていた。

 長男は引越してきた直後にマンションの近くで、その少年たちと出会い、一緒に遊ぶようになった。
 4月21日昼過ぎ、家に遊びに来ていた友人のカップ麺が見当たらなくなった。妹の口元に海苔がついていたことから、「食べたな」と木の棒で殴って3人の妹たちを責めた。妹らは素直に謝ったため、一旦はおさまり、少年たちは別の部屋で遊び始めた。
 しばらくして三女がおもらしをしたため、押し入れに積まれた布団に乗せ、ぐらぐらして下の畳に落ちるのを見て楽しんでいた。長男が「もうやめろよ」と言うと、友人は「おもしろいから、お前もやれ」と言った。
 何回も落とすと、三女はぐったりしたため、少年たちは湯たんぽで体を温めるなどした。
友人の1人はその日の夜に帰宅し、残った2人でマッサージをしていたが、三女は翌日の昼過ぎには死んでいた。
 三女の遺体は腐敗してきたため、1週間ほどして、長男と友人は遺体をボストンバッグで運び、埼玉県秩父市大宮の羊山公園わきの雑木林に捨てに行った。


 死亡していた三女と次男は戸籍がないため火葬の許可がとれず、8月9日、A子は5人分の出生届と、2人の死亡届を豊島区役所に提出した。


 2004年に公開された映画「誰も知らない」(是枝裕和監督)はこの事件をモチーフに描かれている。同年のカンヌ国際映画祭では、主演の柳楽優弥が主演男優賞を受賞した。


【処分・裁判】

 1988年8月10日、東京地検は長男を傷害致死、死体遺棄で東京家裁に送致。「母親がいれば起こりえなかった事件であり、長男は教育的措置が必要」と、長男は少年院ではなく教護院送致へと異例の処遇意見を付けた。

 同年10月26日、東京地裁、A子に「わが子を養育する煩わしさから逃れようとした無責任、身勝手極まりない犯行、三女の死の遠因となったと言っても過言ではない」として、懲役3年、執行猶予4年を言い渡した。